モンちゃんのツイートしきれなかった介護の話

病院で看護師をしながらフリーランス介護職をするモンちゃんの医療.介護についてのブログです。

質の高い看護

お疲れ様です。

 

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『質の高い看護』という言葉は耳にすることが多いですが、『報酬の高い看護』というフレーズはあまり耳にしませんね。そこには、医療や介護の現場で働く職員に対する誤った認識があります。聖人じゃない、私たちは普通の労働者です。働いた分だけ適切な報酬を受けるのは当然ではないでしょうか。

 

『金の話』タブーからの脱却

 

「医療、介護は金の話をしちゃダメ」、この考え方を改める必要があると私は考えています。職員の報酬について公に話すことがタブー視される風潮がある一方で、そのサービスを利用する人々は金を払っています。しかし、その金がちゃんと職員に還元されているとは限りません。

 

風潮の転換が必要:聖人ではなく、専門家

 

介護や医療職が聖人のように思われている風潮をなんとかしないといけない。彼らは専門的な知識と技術を持つプロフェッショナルであり、その労働に対する適正な報酬が必要です。聖人じゃない、私たちは普通の労働者であり、一生懸命働いている。私たちはその価値を正しく理解し、評価する社会になるべきです。

 

あの世も介護も金次第

 

皮肉ながらも、世の中の多くのことは金次第、というのは事実です。高質なサービスを提供するためには、それなりの費用がかかります。質の高い介護や医療を求めるなら、それに見合った報酬が必要です。

 

質と報酬の関係

 

逆に、質の低い介護も報酬の低い介護もどちらもよく聞くのが現状です。働く職員が低賃金で働かされ、その上で高品質なサービスを求められる。これはあまりにも不合理です。労働者に多くを

求めすぎる社会から脱皮し、賃金と労働の質がバランスを取るべき状況に変わるべきです。

 

最低限の質に対する最低限の報酬

 

安い賃金で働かせるなら、最低限の質で我慢してほしいものです。労働者に無理な要求をすることは、彼らの精神的、身体的疲労を増長させるだけではなく、結果としてサービスの質を下げる可能性もあります。それは結局のところ、サービスの利用者にとっても損失となるでしょう。

 

職員の疲労と消耗

 

働く人々が安く買い叩かれて、心身ともに疲労して消耗している様は見ていられません。これは単なる個々の問題ではなく、全社会の課題です。この現状を放置すれば、短期的な利益かもしれませんが、長期的には医療・介護の職員不足やサービスの質の低下を招くでしょう。

この問題について深く考え、具体的な解決策を見つけ出すためには、医療や介護の真の価値を理解し、その価値を反映した報酬を職員に提供することが重要です。これにより、医療や介護の現場で働く人々がより充実した仕事をし、結果として質の高いサービスが提供できるようになるでしょう。

 

結び

 

『質の高い看護』だけでなく『報酬の高い看護』を実現するためには、まず私たち一人ひとりが医療や介護の価値を理解し、適切な報酬を支払う意識を持つことから始めるべきです。それぞれの労働が適切に評価され、報酬が還元されることで、より良い医療・介護の現場が生まれ、全ての人々にとって良い社会になることを願っています。